事業再生コンサルタント 瀬間隆司

中小企業の事業再生や資金繰りのコンサルティングをしている私(瀬間隆司)のブログへようこそ。
あなたがこのページをご覧になっているということは、私のブログに初めてご訪問されたのではないでしょうか?
(もしかしたら2回目でしょうか?)

数あるブログの中から、私のブログを見つけてくれて、とても嬉しく思います。

 

1690万分の1の確率

平成20年に公表された総務省のデータによりますと、日本のブログサイトの総数は1690万サイトもあるようです。

そして、記事の総数はなんと13億5000万件にも及びます。

これは書籍に換算すると、2700万冊にも及ぶ文字量にもなるそうです。図書館にもこれだけの冊数は置いていないでしょう。

 

そんな膨大な記事の中から、私のブログにたどりついたという事は、もはや偶然とは思えません。あなたがこのブログに来てくれたのはひょっとしたら必然だったのかもしれません。

もし、あなたがこのページに来てくれなかったら、2度と会えなかった可能性すらあります。

せっかく出会えたこの奇跡に、なにやら運命めいたものを感じるのは私だけでしょうか?この奇跡的な出会いを是非大切にしていきたいと思っております

 

このブログの内容は

このブログは、事業再生や資金繰りの事など、ちょと固い内容をお伝えするブログですが、なるべく専門用語を使うことなく、分かりやすく説明していく事を心がけながら書いていくつもりです。

中小企業の事業再生は、どちらかというと借金に関する泥臭い話が多くなってしまいがちですが、資金繰りが苦しくても諦めてもらいたくないですから、努めて明るく接していきたいと思います。

事業再生だけではなく、会社経営に役立つノウハウなど、訪問者であるあなたに少しでも役に立つような内容を提供するという目的のもと、様々な内容を書いていきます。

もし、私へのご意見、ご感想があれば、ブログへのコメントなどをご自由にお書き下さい。

 

自己紹介をしていませんでしたね

群馬県の下仁田という場所に事務所を構えています。平成23年の8月から、港区の表参道にも事務所があります。

私の専門分野は、「倒産しそうな会社を立て直す」、「資金繰りの厳しい会社を立て直す」、「M&A仲介」、等がメインです。「インターネットを使った集客」のお手伝いもしています。

余談ですが、弊社のウェブサイトは全て私が作っています。本当は外注して楽したいのですが、外注業者に「こういう感じで作って欲しい」と打ち合わせしている間に、私が作れてしまう為、結局、自分でやってます。

お客様からサイトの制作依頼が来るものに関しては、提携している業者さんに外注に出します。時間もかかりますし、デザインは得意ではないので。

 

群馬の下仁田と東京の表参道を行ったり来たりしている、ちょっと変わったコンサルだと思いますが、私のお仕事を説明する前に、一つだけ伝えたいことがあります。

ダヴィンチパートナーズ合同会社、代表の瀬間隆司は、弁護士ではありません。

ですから、法律相談や法律事務、そして債権者の方達との交渉などのお手伝いはできません。これらの業務が必要な方達は弁護士の先生の所へ相談して下さいね。

例えば、自己破産や民事再生法を考えている経営者の方達や、任意整理など考えている方は私ではなく、弁護士の方へ相談して下さい。

私は法律家ではなく経営コンサルタントに過ぎません。ですから、法律業務は弁護士の先生の所へ行って下さいね。

私の仕事は経営コンサルタントです。経営コンサルタントという立ち位置を踏まえ、財務内容のチェック・アドバイスや、経営相談、直接現場に行って問題を分析したり、問題解決の提案をしたり、経営のアドバイスがメインのお仕事になります。

ただ、経営再建に向けて、大掛かりな組織再編や、事業を売却する際には、弁護士の先生や、税理士の先生などの力を借りて、お互いの役割分担を決め、協業で取り組んだりする事があります。

※詳しいお話は徐々にブログでお伝えしていきますね。

 

立ち上げ当初は一人で活動していたため、あまり大きな会社を見る事はできませんでした。そのため、年商10億円以下の企業様に的を絞り、取り組んでいましたが、表参道に事務所を構えてから、提携先がいっきに増えてきたため、ある程度の規模の企業まで見る事ができる体制が整いました。

立ち上げ当初、お客様の多くは年商規模で1億円~4億円のお問い合わせが多かったですが、最近は数十億単位の企業のお手伝いも徐々に増えてきました。

 

自己紹介

「倒産」という魔の手から、中小企業経営者様の力添えをするために、ダヴィンチパートナーズ合同会社で事業再生の仕事をしております、瀬間隆司(せまたかし)と申します

神奈川県横浜市生まれ。

20歳頃から東京へ移住し、10年近く中野坂上(中野区)に居住していました。現在はねぎとこんにゃくの町(群馬、下仁田)に居住しています。 ※平成23年に表参道(東京都港区)に別会社を設立しました

経営コンサルタントというと、「勉強ばかりしてきた人」といったイメージを持っている方がいらっしゃるかと思いますが、私は全く違います(笑)

23歳ぐらいまでは、遊びを優先して生きてきたので、だらだらと毎日遊び歩くような生活をしてきました。

ひょんなことから某経営コンサルタント会社に潜り込む事ができ、経営コンサルタントという仕事の面白さに目覚め、また、先輩方の足を引っ張ってはいけないと思い、もくもくと勉強するようになる。

コンサルタントの仕事は毎日かなりハードでしたが、とにかく仕事が面白く、毎日が充実していたため、残業だらけでしたけど、全く苦にはなりませんでした。

 

そもそも、私がコンサルタントになったきっかけというのも、「経営コンサルタントになりたい!」という目標があって、コンサルタント会社に入った訳ではなく、遊び歩いているうちに、たまたまコンサルティング会社の役員の方と知り合うようになり、その方になぜか気に入られ「仕事をしていないならうちに来なさい」とお声をかけていただき、某経営コンサルタント会社で働く事になったというのがきっかけです。

大抵の場合、コンサルタントになるための勉強をして、コンサルタントになるというのが、一般的なケースだと思うのですが、私は逆です。スキルも何もまったく無い0からの状態でコンサルティング会社に入り、そこの会社で基本的なフレームワークを学習することになりました。

当然スキルが全く無いわけですから(年齢も若いですから)、最初からいきなり仕事をさせてもらう事などありません(当たり前ですよね)。

コンサルタント会社に在籍していても、やってる仕事は先輩コンサルタントの鞄持ちです。 先輩から「コーヒー!」と言われたら、コーヒーを用意し、先輩から「タバコ!」と言われたら、自販機でタバコを買ってくる。

先輩から「この書類を○部コピーしておいて!」と言われたら、コピーをする・・・
完全に雑用からのスタートでした(パシリみたいなものですね)

 

先輩が担当しているお得意先(クライアント)へ同行するようになり、先輩と経営者のやり取りをいろいろと見ているうちに、「この仕事は面白いな、自分もこんな仕事ができるようになりたい」と感じるようになり、そこから気合をいれて勉強するようになったのです。

会社で仕事をしている時はとにかく仕事を盗む事に徹底し、通勤時間は本を読んだり、歩行中はイヤホンで音声による学習、家についても勉強し、風呂に入りながら勉強・・・休日もひたすら勉強、勉強・・・

「雑用仕事ではなく仕事を任せてもらいたい!」、「自分も先輩のように、お客様を担当してみたい!」その事だけを目標に、様々なフレームワークを貪欲に学習するようになりました。

 

数ヶ月経ったころ、私が毎日勉強している事を知っていた先輩から、「本で読んだ知識も大切だけど、本と現場は違うから、後は実践しながら覚えなさい」と声をかけられ、仕事をまかされるようになり、先輩のお客様を担当させていただくようになりました。

コンサルタントの仕事は毎日かなりハードでしたが、とにかく仕事が面白かったので、毎日が充実していました。残業だらけの毎日でしたけど、仕事が面白いので全く苦にはなりませんでした。

コンサルタント会社に勤めだしてから2年ほど経ったころ、ある日、上司とコンサルティング料金の事で揉めてしまい、会社を辞める事になってしまいました。

仕事は面白いと思ってましたし、会社に対しての不満は特に無かったのですが、前々から高すぎるコンサルティング料金に対して、なんとなく違和感を感じていました。

 

ある日、いつものように上司と新規のクライアント獲得の営業に同行し、上司の巧みな営業トークで、新規案件を獲得する事ができたのですが、クライアントの資金繰り状況を考えると、明らかにキャパシティーを超えていたので、営業の帰り際

『クライアントのためにならない!!』と楯突いたところ、
『会社の方針に従えないなら辞めてもかまわない。キレイごと言うなら、自分で食ってみろ!』
と言われたので、その場でさっさと辞めてしまいました。

 

自分で言うのもなんですが、決断力はあるほうだと思います。

(細かい事であまり悩んだ事はありません)

今思えば、若さゆえにカーッときてしまった部分もあるとは思います。

 

そんな出来事があってからというもの、組織に属して生きていく事が窮屈だと思い、「とりあえず、パンク(金欠になるまで)するまでフリーでやっていこう!」と決意し、飲食店や小売店をメインに紹介営業でコツコツと仕事を増やしていき、食べるのに困らない程度に、仕事を獲得していました。

その後、妻と結婚するために群馬の下仁田へ移住し、フリーから法人として会社組織に改変する事になりました。

個人的にはフリーのままでも良かったのですが、田舎という場所柄、周りの目があるという事で、法人化する事にしたのです。

法人化しても事業内容は同じで、群馬に移住しても飲食店・小売店に特化したコンサルティングサービスを生業として、生計を立てていました。

 

群馬へ移住してから2年ほど経った頃、妻の父が(義父)、
「会社が倒産するかもしれない・・どうしたらいいのか、何かアドバイスをして欲しい」と私に相談をしてきて、決算書を見たところ、すでに会社はボロボロ・・・

2年も一緒に住んでいるのに、なぜ、一言も相談してくれなかったのか?
一応、義父には「経営コンサルタント業を営んでいる」と伝えてあったのに、全く、相談されませんでした。

 

なぜ、一言も相談してくれなかったのですか?と問いただしたところ、「売上を上げるコンサルタントだと思ったから、決算書なんて分からないと思った・・・」と言われ、私はハッと気づきました。

「倒産回避の資金繰りのスキルを持っていても、きちんとアナウンスしなければ、ほんとに困った人の力になることなどできない」と。

そして、義父の会社は2009年2月に倒産してしまいました。

 

資産を残して倒産する分には、全く問題ないかと思いますが、義父は完全に丸裸の状態で倒産してしまいましたから、どうしようもありません。

せめて、ある程度の現金はとっておかないと、今後の生活が厳しいから、「金がもったいないから、破産は絶対にするな!」と念には念を押したのですが、「債権者が怖い」と言って、破産してしまいました。

破産費用が全くないため、親戚から借りて、破産を申し立てていました。

このような出来事を目の当たりにし、中小企業の倒産を真剣に考えるようになり、「こんな泥沼に陥る前に、助かる状況なら助けてあげたいし、事業がだめなら、資産を守る方法をきちんと教えて、再チャレンジできるように手助けしてあげたい」と思うようになり、事業再生コンサルタントとしてやっていく事を心に決めました。

 

経営危機に陥って、苦しんでいる中小企業の経営者を一人でも多く救いたい。

資金繰りで苦しんでいる経営者の笑顔と幸せを取り戻すために、現在、中小企業の事業再生に必死になって取り組んでおります。

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ABOUTこの記事をかいた人

1977年神奈川県生まれ。コンサルティング会社勤務を経て独立。店舗ビジネスに特化したコンサルティング業務を展開していたが、身近な人の倒産を目の当たりにした事をきっかけに事業再生に目覚め、平成21年5月より、事業再生に参入。全国各地の中小企業の再生業務に関与し、中小企業の事業再生のサポートを行っている。 平成23年8月、M&Aに特化した株式会社クレアークを設立、代表取締役に就任。現在に至る。業務の幅を広げる事により、サポートの幅を広げている